Inspire note

じぶん創りの備忘録。

『これだけお人好しだった人間の終わりが、この程度でいいはずがない』  

【世の中で最も大事なこと。それは○○だ。】

 

人情、経済、安定、感動…

大切にしたいことは山ほどあるこの世で
何を最優先に据えるべきか。

 

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自分はいままで大事だと実感していたのは
"損をしない認知能力"だった。

 

特に
『このままの流れで行くと、いったい誰が得な状態になるのか?』という構造を
しっかり"見極める眼"を備えることは

現実的に最も応用が効く重要なことだと
肚の底から思っていた。("眼"=認知能力)

 

その眼を持てば
あまたの人の利害が絡み合う中で、害の巻沿いをイチ早く回避する意思決定がしやすくなる。


加えて、他に被害者を減らすための警報を発することもできる"守りの盾"として使える。

未来をサキヨミしている、という点に於いては
チャンスも読みやすくなり、"攻めの矛"としても使える。(のと、周辺環境がそれを読めずに損をしたことで自動的に"差益"が発生することもある。)

 

そんな野望じみたことにエネルギーは沸かないので、ほぼ守ってるだけだけれど
結果として、その害が訪れたときにダメージを可能な限り減らせるチカラであるという点で

【世の中で最も大事なこと。それは"損をしない認知能力"だ。】と思っていた。

肚の底から。

 

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自分の母親は、"積極的に損をしにいく選択"をする人だった。

 

例え体が壊れるとわかっていても
『落ち着かない』という理由で、毎日家事をこなし、働きに出て

 

例え戻ってこないとわかっている金の無心も
『ほっとけない』という理由で、ウン十万単位の金を幾人にも渡していた。

 

その分、自身をどこかで甘やかすのかと思いきや、遊びにも出ず
余った時間を、家を常に完璧な清潔状態にすることに注ぎ

家計も、家計を維持しながら倹約し続けて
服も、新しいものやブランドは買わず、逆お下がりや古いものを着れなくなるまで着ていた。

 

浮いたお金で交換するものは
せいぜい半額になったデザートや
素泊り格安旅行の軍資金にあてる程度。


人生…いや
文字通り"命を削りながら"稼いだ金を9割は

徹底して、自身を豊かにできることより
他者や周辺環境にそのリソースを注ぎ混んで

尽して、尽して、尽くし切って

"積極的に損をしにいく"母親だった。

 

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そんな母親をみていて
正直、バカなんじゃないかと思っていた。

 

なんでそこまで徹底するのか。
利他も大概にしないと、肉体は壊れるし
精神もやられるぞ、と。
何もかも遅いとわかってからじゃ、何もかも遅いんだぞと。

 

それでもかわらず、積極的に損をしにいくことを繰り返す母親。

 

本物のバカなんじゃないかと思うほど
あまりにお人好しすぎるから
『ヴィーナス』と呼んでいた。(主に皮肉を込めて)

 

そんな母親が、半年前から

病気の治療で

病院に入りっぱなしで

加療も功を奏することなく

肉体の限界を先に迎えて

早くに亡くなった。

自分の懸念通りに…。

 

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それからもう、半月が経った。

 

自分の内側には、今だに多くの言葉と感情が
ぐわんぐわんと廻って、未消化のままだ。

 

『あーあ、やっぱこうなるよな』

『まだできることあったかな』

『でも、やれることはやった気はする』

『それでもまだできることはあったんだろうな。それをやれてたら…』※以下ループ∞

 

確かに、療養中はやれることはやった。
けどやりきった感より、まだやれた感の方が大きい。


もし○○だったら…系の遣る瀬無さは
どこまでも遺るものなのだろう。

 

『そういやカネ持っていったヤツら、通夜にすら来なかったな』

『あんだけ尽して、終わりがこれかよ』

『ほんと生々しい人間のクズっぷりだな』

 

母親が面倒みたヤツらは、蒸発したやつも多い。
現実的には、蒸発してるのだから
通夜葬儀を聞きつけようも伝えようもなかったのはわかっている。

わかっているのだけど

 

 

『これだけお人好しだった人間の終わりが、この程度でいいはずがない』

 

という、マグマ溜まりのような感情が存在する。

 

 

ヤツらが来なかったことに対しては
個人的に、本当に度し難く
非常に、義憤が収まらない部分である。

 

なぜ、こんなにも収まらないのか。

…少し考えて、はっとした。

『結局、俺もヤツらと同じ…なんだな。』

 

母親は、人生の大部分を"自ら進んで与えた"ように思ってるだろうが
子供というだけで面倒みてもらい、言い表せないほどのものごとを与えてきてもらった事実がある。

親と子としてではなく、一人の人間として観ると
母親のお人好しを、俺は限りなく利用してきた事実があるのである。

母親のリソースを奪い去るだけ奪い去って
大したことを返していない存在、という意味では
自分も結局、ヤツらとレベルは同じ…

 

 

それがわかった瞬間
マグマ溜まりの義憤は、義憤ではなく
自分自身に向けた憤りなのだと知る。

 

この後に及んで、他責でカモフラージュしていたことに気付き
憤りは、なんともいえない罪悪感と情けなさと共にしぼんだ。

 

『ドラマみたいにはならないんだな、現実は』

『お人好しの人生の終わりって、こんなもんなのかよ』

『俺の勝手な押し付けだけど…こんなもんで終わって欲しくはなかったなぁ…』

『まだ親孝行十分にできた感のスタートラインだったのにな』

『もうなんか…色々と不完全燃焼だわ』

 

着地点はまだ見つからないのに
慣れてきた感覚と共に、アタマの引き出しの見えない所へ

いままでコンセプトだったものが、しまいこまれてゆく。

 

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ずっと言語化ができず

グルグルと頭をまわるだけだったものが

いま、ぼんやりとは輪郭が浮かぶようになり

こうして、綴れるようになっている。

 

『ここから、俺は何を学べばいいのだろう。』

 

という問いと同時に

【世の中で最も大事なこと。それは"損をしない認知能力"だ。】と思うものの
"肚の底から"は、そう思えなくなりかけている。

 

なぜなら
損をしなかろうが、何か得てようが
死んじまったら、どうでもいいことだ。

 

個人の範囲程度の話。

 

それが、ほんとに一番大事と

言い続けられるものなのだろうか。

 

自分は死んでも、世界はまわり続けていく…

当たり前だけど、その先にあるものこそ

大事なのではないか、と思い直しているところ。

 

新たな"肚から思う"ものに

俺は出会えるだろうか。

目的の亡骸の味。

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母親の病室に、実父からの差し入れが。
『牛タンのビーフシチュー』を作ってくれたらしい。

 

トロットロのタマネギがソースに見え隠れ。
大ぶりカットのニンジンとジャガイモも溶けそうなほど煮込んだ感じがする割には、ソースに牛の苦味は出てない。

 

そしてメインの牛タン。
おぉ…箸で切れるほど柔らかいぞ。
下ごしらえが良かったのか、イイ肉にしたのか
臭みもなくて、フツーにうまいぞw

 

およそ15年ぶりの味。

 

いまは調理の前線から離れてるらしいけど
レストラン店長としてメニュー開発もやってた歴史は、しっかり感じられる味だった。

 

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何もかも順調だったら、なんて考えても仕方ないことなんだけども
ほんとは、我が家は今ごろ
家族経営のレストランをやってるはずだった。

 

高校受験も、それを前提にした人生設計をしていて
成績的にはボチボチだったので、中部では二番目と言われてた進学校に行くのを辞めて
商業全般をまんべんなく学べる科のある、『静岡商業高校』に入り、目的を持って学んでいた。

 

しかし、その目的は高校在学中に行き場を失うことになる。

 

実父が"レストランをやる"という夢を、一番わかっていた人物からの裏切りに遭い

その余波で、家計も家族関係も親族関係も荒れに荒れて
夢が逆に、家族を分裂させるトリガーとなってしまったのだった。

 

それから15年。


"目的の亡骸"とも言える、このビーフシチューを食べて、ふと気付いた。

 

実は、自分の人生設計の時計は
そのときのまま、止まっていたということに。

 

やりたいことは山ほどあるのに、ぼちぼち取り組んでもきた割に、なんの成果物もなく

今もどう生きるのかにしっくり来ないまま30歳を迎えてしまったのは
潜在的にもう叶わない他人の夢に乗っかってるまま、【夢の亡骸を放さない自分】が
まだここに居るからなのかもしれない、ということに。

 

そんな状態じゃ、新しいことに取り組んだとこで、しっくり来るわけないよな。


自分の人生、いつまで経っても始まんないよな。

 

いい加減、未来の為に手放そう。

 

どこの誰かまったく知らんけど
その裏切り者に、会いに行こうと思う。


向こう側の事実を聞いて、すべて明るみにしようと思う。

 

納得できるかもしれないし、いかないかもしれない

それでも事実を知ることは、しこりのようなものが取れて清々しいものになると思う。

 

実父を見つけたときのように強く念じることができたのなら、絶対に見つかる。

 

人生は攻略不可な負荷はかけてこないように出来てると思う。(出来ないのは逃げたくなる)
本当になんとかしたいことなら、やりゃあなんとかなる。
そういう風にできている、と思っているw

 

さぁ、実験開始だ。

母親が余命一か月となりまして。

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10月に大腿骨を複雑骨折し
12月に悪性リンパ腫が判明し
02月に回腸に穴が空き開腹手術をした

"2か月ジンクス"のある母親の記録用日記。

 

 

前々回

reo-lab.hatenablog.com

 

前回

reo-lab.hatenablog.com

の続き。

 

 

【入院日記】

 

<2/17 入院10日目&手術後4日目>
・個室に移動。面会時のプライベート感が増す。セレブ感w
・看護も厚待遇。看護師さん達がめちゃくちゃ逞しくて意識も高い。さすが救命救急。
抗生物質を常に入れてる分、痛みについては特に訴えることはなくなってきた。
・クーラー効かず、室内30℃。本人も見舞いの方もキツイ。

 

<2/18 手術後4日目>
・特に変化はなし。抗ガン剤&手術ともに回復順調か?

 

<2/19 手術後5日目>
・お見舞い休憩。久々に居酒屋で語らう。

 

<2/20 手術後6日目>
・尿の色が少し茶色く濃くなっている。看護師さんに伝えるも、リアクションはイマイチ。(*後々になってわかるフラグだった)
★後から知ったが、この時点で白血球の値は抗ガン剤の影響から回復していた

 

<2/21 手術後7日目>
・日本で参考になる前例が3例しかない症状の為、「難病指定」が取れるか保健所に打診にいくも撃沈。あくまでリスト化されてるものにしか適用されないとの事。
(※毎月の支払いが限度額認定をしていて最低で6万弱。+食費や衣服、おむつ等は使った分だけかかる、ボディブローのように効いてくる仕様。月アベレージ12万で試算すると、長期的には経済的に持たない。具体的な策を練らないと…)
・白血球の値が、一時は無菌室に入るレベルまで下がっていたが、再度高いレベルまで上昇。結局、腫瘍は小さくならずに在り続けている模様。

 

<2/22 手術後8日目>
・やはり尿の色が気になる。更に茶色くなる。
(※見舞いの最中、自分に悪寒と吐き気が襲う。30分冷や汗流しながら休憩してプチ回復。気だるいので寝る。)

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<2/23 手術後9日目>
(※自分が高熱、関節の痛み、鼻水、腹痛とフルコース。完全にダウン。)

 

<2/24 手術後10日目>
(※同上)

 

<2/25 手術後11日目>
・救命救急病棟から、外科病棟へ移動。一気に狭くチープになるw
・少し顔色が変化していることに違和感*
・尿がコールタールのような色に*

 

<2/26 手術後12日目>
・黄疸が出ている、と判断され内視鏡の検査が入る

 

<2/27 手術後13日目>
・午前中に病院から呼び出しがかかる
・浸潤した腫瘍の拡大により、胆菅が圧迫されて詰まって、血中のビリルビン値が尋常ではない値に上昇していた。
★胆管へ拡張用の管が通らず処置不可能。【閉塞性黄疸】と診断。
★放置すると多臓器不全となる。余命1か月と宣告される。
・「要は血中に毒素が回ることが命にかかわるなら、透析等は行うことにより延命措置ははかれないのか」と質問したところ「根治に向かわない治療は行わない」とのこと。
・腫瘍が縮小することで胆菅が解放されることを願い、再び抗がん剤治療開始のお知らせ。本人の意思のもと、開始することに。

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<2/28 手術後14日目>
・一日ゆとりを持ち、外出の許可を得る
内視鏡時の刺激で、少しだけ胆菅の通りが良くなった模様

 

<3/1 手術後15日目>
・福祉用のレンタカーを借り、半日かけて、洞慶院~さった峠~日本平ホテル~自宅とまわる
・看護師さん達の入念な事前準備もあり、テクニカルな問題は無く過ごせた
・座りっぱなしによるむくみ、車の振動による位置ズレ~腰背中の痛み、単純な移動疲れは流石にあるものの、特に不調は起こらず。安定したまま終了。

 

洞慶院梅園にて。3割ほど咲いてました。

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さった峠にて。晴れてキレイな富士山がお目見え。

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日本平ホテルにて。超強風w

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・明日より"HyperCVAD"という抗癌剤治療スタート

 

<3/2 HyperCVAD1日目>
・血液検査の結果をみる。
ー 相変わらず赤血球の値が平均以下の、貧血気味(元々のもの)
ー 相変わらず白血球は異常な高い値(T細胞リンパ腫によるもの)
アルブミンも相変わらず低い数値(同上、血中タンパク質異常低下~むくみ発症)
ビリルビン、γーGDPも異常に高い数値(閉塞性黄疸によるもの、顔色は安定)

・本人の意識は鮮明、受け答えも動きも今日は鮮明
・複雑骨折時のリハビリも再開

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<3/3 HyperCVAD2日目>
・意識鮮明、数値平行線

 

<3/4 HyperCVAD3日目>
・同上

 

<3/5 HyperCVAD4日目>
・急な買い出し等の為、見舞い休憩。

 

<3/6 HyperCVAD5日目>
・母親の代理で確定申告へ。90人待ちの大行列に並ぶ。
・無事申告終了。割と時間かかった為、見舞いは延期。
・父方の祖母が見舞いに来た模様。認知症気味で会話不可→出禁になった模様w
・輸血が行われた模様

 

<3/7 HyperCVAD6日目>
・意識鮮明、数値平行線。前回のESHAP時と比べると、表面的にはまったく問題がなさそうに思えるほど。(しかし血液検査の数値は異常を示し続けている…)

・明日、回腸穿孔手術部分の抜糸予定

 

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余命7.5ヶ月、と宣告されてから
わずか1ヶ月で、余命1ヶ月に。

 

元々、癌自体では急性でポックリ亡くなるもんじゃなく
腫瘍の拡大や、治療過程の副作用が他の多臓器に影響することで
"予測不可能な体調"になることだけはわかっていたけど
まさか、ピンポイントに処置不能な状況に展開するとは…

 

『胆菅が詰まり続けていると30日の命』という危機感が一気に押し寄せる。
それ故、早めに外出はしておいた方がイイと判断して、2度目の抗癌剤サイクルが始まる前に、優先して外出の時間をとった。

 

こんな状態でも、本人は案外のほほんとしている。

元々、自分に都合の悪い話になるとスルーしたり、論点をすり替えようとするクセがある(だんまり、話をそらす、ヘラヘラする、こちらの不手際を責める…等w)ので
わかっているけど、"わからないフリをしていたい"のだろう。

 

『最後になるかもしれない外出』の内容も
ずいぶんと日常的なリクエストで拍子抜けしたのだけど
それも"わからないフリをしていたい"ことのあらわれなのだろうな、と思う。

 

そりゃそうだよな。
急に一ヶ月なんて言われても、現実味ないよな。
他人事のように聞こえるだろうな。

そりゃわかるよ。わかるけどさ…
命かかってるのに、まだ気付けないのかい、と思ってしまう。

 

俺が手を変え品を変え、さんざん指摘してきた

「そもそも"考え方"を変えなきゃ、状況は良くなれないよ」

って意味が。

 

ーーーーーーーーーー

 

【考え方。】

 

正直、今回の原因となったのも、"考え方のクセ"が根幹にあると思っている。

 

わかってるのにわからないフリをして、自分を犠牲にしながら放置してきたことが多すぎるからだ。

 

愚痴を聞いて共感タイムをとったところで、一時的には解消して満足しても
結局また同じことを愚痴る日常をループする状態にハマっていて
根底から、現状を望んでるとは思えなかった。
(そして、同じ愚痴聞いてる方にも限界がくるんだよ…w)

 

そんなに嫌なら と、QOLにつながるアドバイスや、自分の実践ついでのおすそわけはしてたのだけど、てんで聞き入れない。

たとえば
体調が悪い悪いと言うなら、不健康にならないような仕組みを作ればいい。
だから、なるべくカラダに余分なものを入れない選択をしたり、食事時間のリズムを管理したり、食べる順番を配慮する等を実際にして伝えるものの
『あんたの自己満足としか思えない』と言う解釈をして、シャットアウトする。

 

経済性を優先してとにかく安いものを選ぶが故に、使い勝手がイマイチな粗悪品にあたり、文句を言い続けながら使っているくらいなら
安物買いを繰り返すコストを試算して、同等のコストの高品質で納得いくものを買って、心地よいものを長く使えばいい。
それも、コストが変わらないこと、今より良いものがあると提案した時点で
『だって貧乏だから』『そんな贅沢できない』『調べたってわかんない』『高い買い物して失敗したらどうするの』と言う解釈をして、シャットアウトする。

 

ほかにも、まわりの人の〇〇が~、とか 職場の~とか

もちろん自分ら子に対しても~…と、キリがないw

 

愚痴ってることを本気で改善したいなら、事実を直視して淡々と向き合い続けていく必要がある。

 

いまより1ミリでも、より善くなるために
ひとつひとつの意思決定の質をあげ続けるだけだから

 

実際は、可能なのに。
方法も提示してるのに。
それでも、選ばないのだ。

 

『根底から、愚痴ばかりの現状を望んでるとは思えなかった』ので

しばらくは謎で仕方がなかったのだけど
もしも"悲劇のヒロインで居続けたい"のなら、話は別だ。

 

『あぁ、この人は自分が犠牲になって文句を言うポジションの居心地がいいんだな』

『自分は抑圧される中で努力してるかわいそうな存在で居続ける必要があるんだな』

『そうすれば、かわいそうな自分として文句を言い続けるって報酬を得続けられて、心地良いもんな』

『俺のたくさんのアドバイスは、その心地よさを奪う"敵"なんだな』

ということになり、話をシャットアウトする正当な理屈が成り立つ。

 

要は

【現実改善の報酬<<<(越えられない壁)<<<悲劇のヒロイン状態の快楽報酬】

 

という考え方を採用したことで得てるものに依存することによって
現実がどんどん悪化している。

 

今回は、その考え方をする精神に、肉体がもうついていけなくなったのが
根本的な部分にはあるな、と自分は分析している。

 

ーーーーーーーーーー

 

【肉体∞精神。現実、人生。】

 

肉体は、複雑だ。
食べたものから、脳や臓器や筋肉もつくられていて

運動エネルギーが取り出され、それらに指令も渡らせていて
感情や気分や性徴は、ホルモンのバランスで左右されて
それらを仲介する物質の量にも、個体差があって
さらに体細胞の5倍近い、300兆もの微生物が体内外に共存しながら、肉体の状態に大いに関与しているという
さながら"小さな宇宙"のようなものだ。

 

複雑だけども、結局は"物質"である。
では、その物質を物質たらしめてるものは何か。

 

精神だ。こころだ。

"こころ"は形がない。時間の概念もない。
でも"在る"のは確か。
この"在る"と認識することができるのが、精神の特権。

 

精神を欠くと、物質は認識されない。
精神が物質を認識しない限りは
物質は物質として"在る"ことができない。

 

この関係性から言えることは
【物質とは精神が結晶化したものである】ということだ。

 

相互に関与するために

永遠なる精神が物質に影響を与えるには"考える"必要がある。
有限なる物質が精神に影響を与えるには"感じる"必要がある。

 

有限な小さな宇宙である肉体に、永遠の精神が収まっている理由は
相互に補い合い与え合う関係性を成り立たせることによって
精神が永遠であるが故に毒となる『退屈(不変)』を解消する為ではないか、と仮定している。

物質を介して多様性を持つ感覚を記憶として結晶化し、継承することで

さらなる多様性を生み、『退屈(不変)』をより少なくするものが目的なのでは、と考えてみている。

 

…なんだか話がマニアックになってきてしまったw

 

一気に凝縮してしまうと

能動的に考えるということは
もっとも根本的な部分で、肉体を持って生きる意味につながる行為にあたる、大事なことであり
精神が望むがままに物質=現実を変える、唯一の方法であり

もっとも手っ取り早い手段である、ということ。

 

逆に、受動的に考えるとは、動かされて考えている、という時点で
物質=現実は根本的には望み通りに変わっていかないですよ、ということ。
自分ではない、他の誰かの現実を生きることで精神の望みを補っているものの
それは、あなたの肉体に宿った精神ではなく、誰か他の個体に宿った精神にとって都合のいい人生を送ることになりますよ、ということ。

 

目に見えない部分ではあるけれど
"自分で考える行為"には、人生レベルでみると

肉体的にも精神的にも、ものすごく重要で重大な意味が込められている、と考えている。

 

それこそ、癌すら精神から物質化されてできている可能性がある。

(と同じように、逆になくなることもあるだろう。)

 

西洋的な医療での限界がはもう告げられてる以上

他人の手で分子レベルでなんとかすることはもう不可能だ。

 

どうか、今からでも遅くないから
母親が、自分の精神が望む現実に目を向けてくれること
それと共に、肉体的な回復基調へと向かうことを願う。

母親が大病を患いまして。 その②


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去年末からは、ずっと

「家ー職場ー病院ー家ー職場ー病院…」のエンドレスループ

あっという間に毎日が過ぎてしまうけど

起きたことが多すぎるw

記録として残しておきたい。

 

【時系列 まとめ】

<2017年 春先~ 予兆>
・腹が痛くてメシが食べられない、と時々言うようになる
・家族サービスで遠出の時も、まともに食べないとき多々
・たまに帰宅時、腹痛で寝込んでいた
・しかし甘いものはやたら食べたがる…(が、結局食べると痛くなり後悔する、を繰り返す)

 

<2017年 10月 初旬>
・階段から落ちて、左足の付け根(大腿骨)を複雑骨折
・1か月半の入院。ボルトで留める大手術
・入院中、腹痛で病院食が食べられなくて内科も受診

・腹痛用薬の副作用でむくみが出る。ゾウのような足に…
・原因不明のまま退院

 

<2017年 11月中旬>
・退院~リハビリへ。近所でリハビリ開始
・薬の副作用で、下半身のむくみがひどくなる
・足を上げてむくみを抑えないと、痛くて活動もできない程に
・薬をもらうも、腹痛は治らず悪化の一途。ほとんど食べない日が続く
・比例するようにむくみも悪化

 

<2017年 12月 大晦日イブ>
悪性リンパ腫と診断、さらなる検査と他病院を紹介される

 

<2018年 1月初旬>
・PET等、さらなる検査をすすめて結果待ち
・下半身のむくみ、痛みは悪化を続ける

 

<2018年 1月下旬>


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・↑「T細胞リンパ腫」と確定、抗がん剤治療の可能性
悪性リンパ腫の中でも、かなり珍しい症例で確たる治療法がない
・少ない中での生存率は、半年~2年の幅
・検査入院~治療法を模索することに
・下半身のむくみ~左手、お腹にも出るようになる
・だんだんと歩き回ること自体ができなくなる

▼期間中、症例や薬や抗がん剤についての情報・書籍をとにかく集めて提示する
※自分は抗がん剤治療について賛成も同意もしない(こうなったのは自業自得、生活態度と考え方を根本から改めなければ再発する為)が
  本人の意思決定には介入しないことを伝える。

 

<2018年 2月6日 検査入院~治療へ>


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・病名は↑「腸管症関連 T細胞リンパ腫」

・病巣が十二指腸と下行結腸にあると判明、担当医に緊急性を訴えられる
・日本で参考になりそうな論文は3例のみ、という珍しい症例
・余命は7.5か月と告げられる
・↓「ESHAP」という、大量化学療法~造血幹細胞移植を提案される


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・4時間話した末、腹痛に耐えかねた母親の自己判断でESHAP療法をやることに決定

※ESHAP…4日間、細胞分裂を止める抗がん剤・DNAの合成を阻害する抗がん剤・多量ステロイドを静脈注射
 ➡5日目に、細胞毒性のある抗がん剤ステロイドを多量に静脈注射

 

<2/7 ESHAP 1日目>
・朝、トイレで呼吸困難になり死にかけていた
・ケータイのメールも打てないほど意識朦朧、急激に劣化
・まとまりのある話は可能
・ベッド横にトイレが設置される

 

<2/8 ESHAP 2日目>
「何を考えてるかわからなくなる」と言い始める
意識障害が出てきている。斜視気味になる
・時々話がおかしくなるが、まだ通じる範囲
・メモをとっているが、字が思い出し辛そう
▼祖父祖母、親類、仕事場を巡りに入院詳細を渡す

 

<2/9 ESHAP 3日目>
・さらに会話が成り立たなくなる。矛盾したことを言い始める
・知能が落ちている。幼児返りのような感じ
・メモをとっているが、昨日よりまとまりがない
「なにをしてればいい?」と聞いてくるようになる
★15年前失踪した父親らしき名前を発見、職場に特攻→特定。入院詳細を渡す。

 

<2/10 ESHAP 4日目>
・3日目より意識ははっきりしていて少し安心する
・親類、父親、お世話になっている方々が見舞いに来たことを聞く
・担当医の方に、去年発表されたばかりの副作用の軽い新薬や方法が記載された論文がある事を伝える。コレは果たして検討されていたのか?

 

<2/11 ESHAP 5日目>
抗がん剤(キロサイド)大量投入日。投入前まではぼちぼち意識健全
・担当医から新薬と論文の返事。検討材料には入っていた末のESHAPだったとのことで納得
・大量投入完了した、と本人から16:00メッセあり
・夜間はメッセ無し

 

<2/12 ESHAP 6日目>
・メッセまったく無し、昼様子を見に行くと衰弱しきっている
・会話と動作、ひとつのことしかできない(足、腕、ひとつずつしか動かすことができない)
・テレビを「ただただ、やかましい」と言う(何が写ってて何を喋ってるのかわかってない)
・トイレに行きたくても、体の起こし方がわからない様子。ほぼ介護状態。
・「なにをしてればいい?」から「なにを考えてればいい?」と訴えてくるようになる
・親類、職場の方が見舞いに来て下さった

 

<2/13 緊急手術 7日目>
・朝は音沙汰なし、13:30に病院からtel入る
・緊急手術との事で呼ばれ、代理サイン。腹水+ガスがたまり、開腹手術。
4時間の手術の末、小腸を20cm摘出。5cmほどぱっくり破け、そこから消化物とガスが漏れていた。(回腸穿孔性腹膜炎)
・今回のT細胞リンパ腫とは関係のない部位で破けていた
・救命救急病棟への移動に伴い、旧病室から色々と引き上げる。荷物多い…
・20時過ぎに面会可能に。意識はあり、うなずく程度なら可能。少し会話し撤収。
▼親類、関係各所に手術の旨連絡

 

<2/14 手術後 治療入院8日目>
★実父と会い、2時間ほど話す。高校のときに失踪した理由、その間連絡ゼロだった理由、未精算のことなど
・母親のもとに実父を連れていき、2時間ほど滞在



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↑ 母親「テメェどのツラ下げて来やがった!」説教からスタートw


・酸素マスクも取れて、意識もESHAP時よりしっかりしている。まともに会話が成り立つ。
・割と和解ムードで解散。あとの二人の関係性は、自然の成り行きに任せる
・必要なものを届けに、再度病院へ。母、救命病棟の厚待遇に感動の様子

 

<2/15 手術後 治療入院9日目>
・見舞い一日休憩、他イベントに出席

 

<2/16 手術後 治療入院9日目>
・意識明瞭、会話のまとまりも回復
輸血は継続されており、通常呼吸での酸素濃度が少ない模様
・親類が見舞いに来ていた。実父は3日連続で来ている模様

 

 

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母親が悪性リンパ腫と診断されて、抗がん剤治療をやるかもしれない、と判明した昨年末から

"今できること、今やるべきことを、ただ淡々とやるのみ"

"より善い状態を模索し続ける"

”肚の底から湧くものに従う”

ただそれだけに集中してきた、目まぐるしい1か月。

振り返ってみると、これは濃いわ濃いわ。

平常心を保ちつつ動き続けられたのは、上の3つを軸に据えていたからだなと改めて思う。

 

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緊急手術が終わり、実父が見つかって毎日見舞いに来てることに
少し気が抜けて、こうやって書き綴る気が起きるようになったものの

 

状況は、まるで"安定"ではない。

 

母親の複雑骨折が完全回復してるわけではなくて
十二指腸と下行結腸の病巣が良い方向に行ってるかわからないままで
抗がん剤によるさらなる二次災害…増ガンや多臓器不全が危惧される中で
緊急手術が悪性リンパ腫と関係ない部位で起こったことで

回復への負担はさらに増したわけで

余命7.5か月と告げられたとこから、さらに状況は厳しくなっている。

 

さらに、家計がヤバイ。
治療と入院で、月10万強が毎月の出費として重なり
たいして稼ぎも蓄えもなく、頼れるところもない以上
こちらもなんとかしなければ、1年ちょいで恒常的なマイナスに陥ってしまう。

 

かれこれ半年ほど、病院関連で時間的にも精神的にも拘束・圧迫され
自身の未来に向けて使える心身のリソースに著しく制限がかかっているストレスもある。

 

母親の体調、我が家の家計の1年後に危機感を感じてるが故
いまここの段階で、シビアで適切なマネジメントが求められてるのは言うまでもない。

 

しかし、結局、自分の人生の責任は、他人がとることはできないのだから
他人の意見や外的環境に支配されることにも飲まれてはならない。

 

なんとかしたいのなら、なんとかする。
なんとかしたくもないのなら、なんもしない。

なんとかすれば、なんとかなる。
なんとかしなければ、なんともならない。

シンプルに、シンプルに。

"今できること、今やるべきことを、ただ淡々とやるのみ"

"より善い状態を模索し続ける"

”肚の底から湧くものに従う”

f:id:reo-lab:20180217062045j:plainそれだけだ。

母親が大病を患いまして。

2017年末。

母親が、大腿骨を複雑骨折して入院した。


入院中、あまりにも腹痛がひどくて食事ができない事を変に思い、ついでに検査したところ

十二指腸潰瘍からの【悪性リンパ腫】の疑い有、と診断された。


しかも、症例が蓄積されていない【末梢Tリンパ腫】の中でも

かなり奇妙なパターンで、学会発表レベルのレア症例な模様。

 


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英語の論文の説明を受けた感じだと、所謂白血病用の抗癌剤治療を施すと
ざっくりした余命は「半年から2年」のようだ。(※個人的には大反対してモメている)

 

今現在は、「検査」で入院しているものの

その「検査」を受ける度に、日に日に状態が悪くなっている様子が伺える。


骨折から現在まで、たった3か月の出来事。

我が家の「日常環境」が、急速に変化してゆく。

 

<母。>

 

自分が母親をひとことで表すならば

「究極のお人よし」である。

表面的には朗らかで人柄は良く、社交的に見えるけれど
友達と出掛けることはまずない性格。

「気を遣って疲れてしまう」からだそう。

結果的に、行動は家と職場の往復のみの狭い範囲になる。

あまりに狭い世界で完結してることを見かねて、少しずつ「家族サービス」と称して外に連れ出すようになり

ようやく「あの滝に行きたい」「あのイルミネーションが見たい」「あの温泉に泊まりたい」と意思表示してくるようになった。

それだけ狭い人間関係の中で生きてきたからか

親族であれば、わざわざ自分を害するような金の無心の頼みも聞き入れて
なんとかしてあげてしまう。

 

自分は「よくそこまでやるな」とすごさを感じると同時に
自分の体たらくを差し置いて、金の無心に言い寄ってくる"輩たち"(※4.5人)に手を差し伸べ続けるなんて、なんて学習能力がないのだろうと呆れてもいる。

現実の生活では、ささやかなスイーツ以外は一切の贅沢をせずに過ごしていた。
節約もして、質素倹約に励みながら、毎日9時間近くしこたま働いた額の
およそ8割は、そういった厄介事に消えてるのではないかと思うほど
自分の楽しみには使っていない上に、蓄えもない。

自分から見たら、その様子は人助けではなく
「寄生されて吸い尽くされた」と表現したくなるほど、一切の見返りがないひどい有様…

そう思ったときに、そのまんま伝えたら

「だって、ほっとけないから仕方ないじゃない。そういう性格なんだから。」という人物だ。

そういう母親が今、難病になり日に日に弱っていっている。

ちなみに、金の無心に言い寄ってきた”輩”達からは
余命宣告をされたところで、相変わらず、特に何もない。
期待しちゃいないが、傍から見てるとやるせなさだけが募る。

 


<落ち着いて解釈を進めてみる>

色んな感情が渦巻くものの
これからどうするか、は現実的に対応していくしかないので
もう日々淡々とやれることをやるしかない、と落ち着いている。

 

検査の結果を踏まえた上で

なるべく負担のない方法を探し、試しにやりつつ、本人の選択=ただの医者任せにしない為に学ぶ材料を整えて渡し

後から後悔のない意思決定をしてもらうよう促している。


やれるだけやった上での結果は、甘んじて受け入れるしかない。

それと同時並行で進めておく大事なことは、未来のこと。
このまま元気になったところで
同じことを繰り返す可能性があることだ。

色々と解釈をこねくり回しているけれど

ひとことで言えば

  • 母親が、母親自身に興味を持たない(愛されていない)こと
  • 興味(愛されること)を外部依存していること


精神的なこれらが、現実に反映された結果

  • 大病を患うことで、周りを巻き込んで興味を持ってもらう現実を創り上げた

 

のではないか、と考えている。


根本的に、ココにテコ入れをしない限りは
形を変えた同じことがまたやってくるだろう、と。


なぜなら、母親は

典型的な「ゆうこりんタイプ」だからだ。

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趣味で、人間の精神や行動の分析を進めてきたことが
こういうときに、役に立つ。

長くなったので、続きはまた今度に。